父を入所させる介護施設を探していた時期の思い出
このことで脳裏に甦るのは、父を入所させる介護施設を探していた時期の思い出である。
発症から1年が経ち、父の認知症は日に日にひどくなっていった。身体機能も著しく衰えた。介護保険を利用してヘルパーなどの助けを得、なんとか生活は成り立っていたが、早晩難しくなるのは火を見るよりも明らかだ。早々に手を打つ必要があった。
私としては、回復の見込みのない父に全精力を注ぐより、先の人生がまだ長い母の負担を最小限にすることを優先したいと考えていた。それに、私の人生だって大切だ。冷たいようだが、家族全員共倒れだけは避けなければならない。なので、父を老人介護施設に入居させることにためらいはなかった。母は一時的に抵抗感を示したが、今どきの施設が彼女のイメージとは異なることを実見して以来、ひとまず異を唱えなくなった。
そんなわけで、私は複数の施設を見学に行った。
暑い時期だった、ような気がする(当時のことはあまりよく覚えていない。脳が選択的に記憶を拒んだのだろう)。
自転車に乗って右往左往……じゃない、東奔西走した。交通手段を自転車に限ったのは、当時はまだ自動車の運転をしていた母がいずれ運転できなくなる時のことを考えたからだ。そして、最終候補が三つほど残った。
さて、どの施設にお願いするか。
私は大いに悩んだ。いずれも一長一短があり、決めかねたのだ。親を施設に放り込むのに躊躇ない冷たい娘(ある人物に言われた言葉。今でも根に持っている)である私といえども、やはりできるだけ快適な生活を送らせてやりたい。
施設Aはスタッフの雰囲気がとてもよかった。いわゆるアットホームというやつだ。だが、共同使用エリアの端々に掃除が行き届いていない様子が見てとれた。
施設Bは内装がとても豪華だった。支払い額を考えると破格である。ただ、スタッフは精彩を欠くというか、生気が感じられず、対応もロボットのようだったのが気になった。
施設Cはスタッフも施設もそこそこだったが、わざわざ温泉水を運んできているとかいう大浴場が広々としていて快適そうだった。大の風呂嫌いの父だったが、温泉なら喜んで入っていたなあなどと考えた。スタッフは適度にスマイルで、適度に事務的だった。