穂の毛の部分のみがアントシアニンを持っている

「ところが謎がある」

稲垣教授はもったいぶった。

「葉っぱが紫色なのは、乾燥や寒さに耐えるためだろう」

「確かにそうですね」

「穂についている種子が紫色なのも、抗菌活性が効果的かもしれない」

「わかります」

「ただ、ムラサキエノコロは葉っぱやタネは紫色ではなく、緑色のことが多い」

「そうなんですね」

「ところが、常にアントシアニンを蓄積して、紫色になる部分がある」

稲垣教授は、間を置いた。

「それが、ムラサキエノコロの毛の部分なのだ」

ムラサキエノコロの特徴は穂の毛の部分が紫色であることである。毛に守られた種子も紫色をしていることもあるが、毛だけが紫色で、種子が緑色をしていることもある。

どうして、総苞毛の部分にだけアントシアニンが蓄積しているのだろうか。

総苞毛は葉っぱが変化したものである。しかし、通常の葉のように寒さや乾燥に耐える必要はない。また、抗菌活性によって病原菌を避けるのであれば、タネを守る毛の部分ではなく、タネそのものにアントシアニンを持たせた方が良いだろう。

総苞毛のみが、アントシアニンを持つことに、何か意味があるのだろうか?

「それは偶然の可能性もありますよね」

瀬戸田くんが言った。

「確かにその可能性はある」

稲垣教授はうなずいた。

「しかし、環境に適応して生きる植物はムダなことはしない。何か合理的な意味があると考える方が自然ではないかね」