田んぼという人間が作り出した特殊な環境

一方、田んぼの雑草は、田んぼという人間が作り出した特殊な環境に適応している。

植物の発芽には、水分と適度な温度と酸素を必要とするが、不思議なことにコナギの種子は、酸素が十分にある条件では芽が出ない。つまり、水の入った田んぼで芽を出すように進化しているのである。しかも、酸素の量があまりに低くても発芽しない。そして、代かきをして水の中に酸素が溶け込むと、低い酸素分圧を感じて、コナギは芽を出すのである。代かきをして田んぼを耕すと、コナギは一斉に芽を出してくる。

コナギと同じように、田んぼの雑草は、水田という人間の作り出した特殊な環境と、耕起という人間の作業に適応して生えてくる。そのため、最近では、田んぼの雑草の発生を抑制するために、逆に耕さない不耕起栽培も試みられている。不耕起栽培は、「寝た子を起こさない」という農法なのである。

「田んぼの雑草は、昔は外来の雑草だったのかぁ」

岡山さんは、数千年前の水田の風景に思いを馳せた。

田んぼの雑草のコナギやミズアオイの仲間にミズアオイ科のホテイアオイがある。ホテイアオイは世界では「百万ドルの雑草」と呼ばれている。ミズアオイは繁殖力が大きく、湖沼の水面全体を埋め尽くす。「百万ドルの夜景」という言い方がある。その夜景の美しさの価値を表した言葉だが、実際に電気代が百万ドルだったからとも言われている。ホテイアオイの百万ドルの雑草は、その駆除に百万ドルが掛かることから、そう呼ばれている。ホテイアオイが広がる風景は見た目に美しいが、実際には大問題なのだ。

最近では、ナガエツルノゲイトウが「地球上で最悪の侵略的植物」と呼ばれて、各地で大騒ぎになっている。

コナギが侵入した当初も、見慣れない雑草の大繁茂に、人々は大騒ぎしたことだろう。

岡山さんは、その光景を想像して、くすりと笑った。

 

※本稿は、『雑草教室-図鑑が教えてくれない植物たちのひみつ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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雑草教室-図鑑が教えてくれない植物たちのひみつ』(著:稲垣栄洋/中央公論新社)

本書で書かれている植物に関するデータは、実際の実験によるもの。

研究などで解明されることのない“身近な疑問”について、学生たちが自ら試すことでたどり着いた「図鑑や論文では書かれることのない特性」を取り上げる。