夫は自分の子どもより、常に自分の母親と姉家族を優先。マザコン代表のような男で、私に一切のおさんどんを委ね、時間があれば仲間たちとテニスにスキー。見事に家庭に無関心なひとだ。

夫には大切にされなかったが、大姑は私に優しかった。「休む暇がまったくないねえ。一番疲れているのはお前なのにねえ」と、時々私の頭をなでてくれ、年金が出ると、こづかいをくれることも。

「どうせ私の年金は、お母さん(義母のこと)に取られてしまうからね」「でもお母さんに逆らってはいけないよ。仕方がないことなのだよ」と言い聞かされた。

大姑は、私が家を出て行ってしまうのではないか、と心配していたのかもしれない。実際、つらくてつらくて一晩中、玄関先でボストンバッグを抱え、座り込んでいたことが何度もある。

どうしても我慢できない時には、義家族が畑に行っている隙に、来客用のたくさんの食器の中から、縁の欠けた器や茶碗を選び、かまどのある土間の三和土(たたき)に思いきり叩きつけて、心のモヤモヤを発散させる。

姑息な手段かもしれないけれど、私が何か文句を言うと義母、夫、そして義姉から苦情が3倍になって返ってくるので、こうするしかなかったのだ。

しかしすぐに、その方法にも限界を感じるようになる。思えば、嫁ぐ前の私は幸せすぎた。両親に守られ、毎日心から笑っていたのだから。夫は結婚する時に、「仕事を持っているのだから、家事はしなくていい。習い事も続けていいよ」と言ったのに、人生最大の詐欺に遭った気分。結婚とは、こんなものなのか。

粉々に砕け散った茶碗を、自分で掃き集めることにもみじめさを感じ、迷路に迷い込んだような毎日だった。