そしてその間の家事は、私が請け負うことになる。早朝4時に起き、家族の弁当を作り出勤。そのほかゴミ出し、洗濯、掃除など、これまで母まかせできたことを反省しつつ、当時は父の快復のためと必死で、仕事ばかりの姉に対して不満を抱くどころではなかった。
父は手術と再発をくり返し、「これが最後の手段です」と言われた手術を終えてしばらく穏やかな日々を過ごしたのち、母の誕生日の翌日に亡くなる。父が空けた心の穴は大きく、私はその後も、落ち込む母をたすけて家事を担った。
そんななか、姉が35歳で結婚。隣町に引っ越し、立て続けに甥、姪が生まれた。わが家にやっと春がきたと、私は本当に嬉しくて、姪が生まれてすぐに新生児集中治療室に入った時は、姉のかわりに搾乳を届けたり、甥の子守をしたりと一身に世話をした。しかしはりきりすぎたのか、今度は私の身体に異変が。
ちょうど、姉が甥姪をつれて里帰りしている時だった。母を同好会の会場へ送り帰宅し、床でごろ寝をする姉の傍らでパソコン作業をしている最中、生まれながらに弱かった私の心臓が、心房細動をおこしたのだ。ぐえ、と声を発して突っ伏した私に姉が気づき、救急車を呼ぶ。私は意識不明で搬送され、日常生活に戻るまでに1ヵ月かかった。