姉一家との生活はストレスだらけ

その後、姉の産休育休があけ、仕事に復帰するタイミングで、姉一家からわが家での同居を持ちかけられた。母はそれを承諾。私は不承不承だったが、母の気持ちを思うと仕方がない。もともと大家族育ちで、寂しがり屋の母なのに、夫を亡くし、娘も命の危機に陥ったのだから、心細くなるのも無理もないことだ。母67歳、姉42歳、私40歳の時だった。

同居を始めた当時のバタバタを思い出すと、今でもため息が出る。義兄が保険代理店をわが家で営むことになり、空き部屋をつくるために、亡き父の大量の書籍や書類を処分しなければならず、片づけに追われた。

さらにこの義兄が今風に言うなら「モラハラ」のかたまりのような人間。大抵の人となら無難に過ごせる自負があった私だが、世の中にはこんな人がいたのか! とショックの連続だった。

「いただきます」は言っても「ごちそうさま」は聞いたことがない。家事を担う母へのクレームは日常茶飯事で、光熱費等はこちらが負担しているのに、遠慮はみじんもない。子育てに関しても、やるのは保育園への送迎のみ。姪のおむつを替えるのも私である。

そして恐ろしいことに、結婚生活を経て、姉も同様の人間になっていたのだ。今になって思いかえせば、姉は就職前から母に自分自身の洗濯・食事・掃除をまかせてきたのだから、至極当然のことだったのかもしれない。

自室は万年床で、脱ぎっぱなしの服が散らかり放題。嫁ぐ際にもその部屋は何一つ片づけないままで、あれはすぐ帰ってくるという暗示だったのかとさえ思う。