(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
1945年8月15日の終戦から、2025年で80年を迎えます。その後、国防のために創設されたのが自衛隊ですが、元・海上自衛隊自衛艦隊司令官(海将)である香田洋二さんは、「規律一辺倒の自己批判なき現在の自衛隊に一抹の不安を覚える」と語ります。今回は、香田さんの著書『自衛隊に告ぐ-元自衛隊現場トップが明かす自衛隊の不都合な真実』から一部を抜粋し、再編集してお届けします。

旧海軍から受け継いだ海上自衛隊の人事システム

海上自衛隊が旧海軍から受け継いだ伝統の中でも、見直しが必要なのが人事のあり方だ。旧海軍は年功序列が徹底され、まるで文官の官僚組織のような硬直した人事制度がはびこっていた。戦闘組織であれば、誰を司令官にすれば戦争に勝てるのかを一番に考えてしかるべきだが、硬直した人事システムの影響で、能力のない者が要職に就くことになり、これが先の大戦で失敗を犯した遠因の一つとなったと私は考える。

こうした人事システムは、海上自衛隊にも引き継がれている。

私が海上幕僚監部の防衛部長を務めていたころの話だから、2001年か2002年ごろだったと思う。ドイツ海軍の防衛部長が出張で日本にやってきた。私のカウンターパートだ。

海上幕僚監部防衛部長とは、海上自衛隊の防衛力整備から運用構想にいたるまで、部隊の増強、部隊の動かし方を設計する中枢組織の責任者だ。旧海軍でいえば、海軍省軍務局長と軍令部作戦部長を兼務するようなポストだ。このためもあり、防衛部長のもとには世界各国から意見交換のために海軍幹部がやってくる。

ドイツ海軍の防衛部長もそのうちの一人だった。この男はサントリーのウイスキー「山崎」が大好きで、仕事が終わった後は東京・市谷近辺の焼鳥屋に連れて行き、山崎をあおりながら話し込んだ。お互いに防衛部長として悩みも共通しているところがあるので、会話は盛り上がる。

われわれ共通の関心事は、防衛力整備だった。要するに将来の戦略環境を見据えて、どのような部隊を作り上げる必要があり、そのためにはどのような計画で部隊編制や装備調達を行っていけばいいかという話だ。この時の彼の話がいまだに忘れられない。

「防衛力整備なんて2年じゃできるわけがない。私は防衛部長を6年やっている。なんで日本では防衛部長が2年で交代してしまうのか」