シングルファザーのいらだち

勇者(「勇者ヨシヒコ」シリーズ)から闇金業者(映画「闇金ウシジマくん」シリーズ)、近いところでは『全裸監督』まで、僕はエキセントリックな役をやることが多いのですが、健一は僕と同世代のごく普通の男性。

でも、その役を生きるという意味では、エキセントリックな役でも、等身大の健一のような役でも、やることは変わらない。特別な準備をすることはなく、ただその人としてそこに立って何をするか、何を言うかを考えます。

健一として、僕が彼の気持ちになったとき、「彼はずっと奥さんのことを考え続けたはずだ」と思ったんです。よくも悪くも、亡き妻にとらわれ続けている。ふとした瞬間に、妻との思い出に浸ったり……。だから僕もそうしました。

台本に書いていなくても、思い出は作ってしまえばいい。2人であそこへ行ってこういう会話をしたね、そのときすごくうれしそうに笑っていたよね。そんなふうに奥さんのことを思い続けました。だから、いつでも奥さんをパッと心に思い描くことができる。撮影が終わった今でもその感覚が残っています。

原作小説の『ステップ』著:重松清(中央公論新社)

こうして撮影中の約1ヵ月間、健一を生きたわけですが、もう、めっちゃつらかった。毎日、毎日死と向き合って、つねに喪失感を抱えて。娘のことは正直言ってよくわからないところも多い、でも、育てなくてはならない。もう、助けてくれよ。亡き妻に対しても、ほんのちょっとだけ、1%……いや、0.1%くらいかな、「なんでいてくれないんだよ」と言いたい気持ちがありました。本当にきつい1ヵ月間でした。

演じながら意識したのは、健一のいらだちをしっかり見せていくことです。この物語は妻の両親、つまり健一の義父母、それから義兄夫婦を始め、健一とかかわる人たちがみないい人で、シングルファザーの健一を支えている。でも、優しい人ばかりが登場する心温まる感動のストーリーにしてしまったら、それは違うのではないかと思いました。

健一は毎日、仕事と子育てでいっぱいいっぱい。保育園のお迎え時間が決まっているから、同僚に迷惑をかけっぱなしで、申し訳なさと自己嫌悪を募らせています。イライラしないはずないですよね。

そんなとき、娘の担任の先生に呼び出されてわけのわからないことを言われたら、「勝手なこと言いやがって、この世間知らずが」と思うだろうし、娘に対しても「ぐずってないで早く支度をしろよ」と、どんなに言いたかったことかと思う。この感情の揺れを大切に、ちゃんといらつこう、と思いました。