『息吹』著:テッド・チャン

超寡作な作家による待望の第2作

映画『メッセージ』(2016年、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)の原作短篇「あなたの人生の物語」で世界的に有名になったテッド・チャン。現代SF界を代表する作家だが寡作で、本書は第1短篇集『あなたの人生の物語』以来17年ぶり2冊目の著作にあたる。

時間をかけて構想され磨き抜かれた9篇はどれもSFというジャンルの枠を超えた普遍的な魅力に満ち、新作を待っていたSF愛好家だけではない読者層に支持されて、3刷3万7000部まで伸びている。

人類とはまったく異なる仕組みでエネルギーを摂取し生きている生命体が、自らの存在の謎に迫ろうとする表題作。相対性理論と矛盾しないタイムトラベルを描く「商人と錬金術師の門」。あのときこうしていたらどうなっただろうと私たちがつい想像してしまう別世界を、実際に知ることができるようになった社会「不安は自由のめまい」。

それらSF的な発想と設定から始まる物語を味わううちに、それぞれのテーマは私たち自身のリアルな日常に潜む哲学的かつ根源的な問いかけにリンクしていく。

人の自由意志とは。神の存在やこの世界の創られ方について。私たちは自分の記憶や選択をどうとらえて受けとめればいいのか、などなど。

とりわけAIBOなどプログラミングされた機械やアプリ上に存在する架空キャラクターに対して親愛の情を感じたことのある人には、「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」をお薦めしたい。読むことの楽しさの先で、さまざまに深い思索へと誘われる。SFに馴染みがなくても面白く、物事の見方や考え方が変わるきっかけになるような展開に出くわすだろう。

そしてどの1篇も必ずどこかに明るさと希望があり、胸にあたたかな読後感が残る。

『息吹』
著◎テッド・チャン
訳◎大森望
早川書房 1900円