1990年頃の家族写真。森永さんの左は長男(写真提供:弘子さん)

脳出血で倒れた義父の介護を私が続けている間も、夫は仕事場に寝泊まりする生活をやめませんでした。「いったい誰のお父さんでしたっけ」と皮肉のメールを送っても返事すらこないので、「もう離婚するしかないですね」と最後通牒を突きつけたこともありました。

夫が亡くなった後で、お仕事相手から、「森永さんはメールの返信が早かった」と言われて。息子たちと「家族には、LINEの既読すらなかなかつかなかったのに」と苦笑したものです。

平均睡眠時間は4時間しかなく、若い時からヘビースモーカーで運動嫌い。平日はテレビ局でもらったお弁当や、スーパーで買った見切り品のお惣菜を食べるような生活で、具合が悪い時もあったと思うのですが、そういうこともあまり言ってはくれませんでした。

40代で糖尿病を患い、一時期はインスリン注射が欠かせないほど状態が悪かったのですが、ライザップの低糖質ダイエットで減量したと同時に、血糖値も正常に戻すことができました。

後編につづく

【関連記事】
<後編はこちら>妻・弘子さんが語る森永卓郎「亡くなる前日までラジオに出演。オークションではミニカーがカートに入ったまま。仕事も買い物も続ける気まんまんで」
【追悼】森永卓郎さん「ステージIVの膵臓がん。来年の桜は見られないだろうと言われても、抗がん剤治療、オプジーボ投与で〈後始末〉のために」
森永卓郎 お金をかけずに豊かな老後を過ごす方法とは?教養のない人はお金でエンターテインメントを買うしかない【2025年上半期ベスト】