意志のない歌い方が受け入れられた

私が作詞・作曲した「渡り鳥の子守唄」のデモテープをNozomi Lynさんからいただいたとき、彼女の歌に感動しました。ありのままで、伝わってくる。子守唄って寝る前、いわば洋服も化粧もとって、一番自分に帰れる時間に歌っている歌。聴かせようとか、技術的なものは要らないんです。頑張って歌おうとしてもダメで。彼女はそれができる歌手ですよ。

「渡り鳥の子守唄」のジャケット

私もひとり寝の子守唄をレコーティングしたときに、(舞台とは)違う歌い方をしているんですよね。あれはたしかファーストテイクが採用された。あの時代はオケを小さいスピーカーから聴きながらレコーディングをしないといけなくて。なんとなく小さい声で何も考えず歌っていたんです。次本気で歌おうと思っていたら、それがOKテイクになった。ディレクターに「まだ本気で歌っていないのでやらせてください」って言ったんだけど、「いい」って返されて。

さくらんぼの実る頃(映画「紅の豚」劇中歌)もそうです。映画上映の1年前、VTRを撮ろうとしたとき。マネージャーがピアノを弾いて、仮音源として私が鼻歌で歌ったんです。それがテレビのスポットCMに使われたからびっくりして。宮崎駿さんに「あれ仮歌なんじゃないですか」って言ったら「あれでOKです。これ以上の歌はありません」って。今のNozomi Lynさんと「渡り鳥の子守唄」がぴったり共鳴し合っているのも、似ているかもしれません。

この曲たちは不用意に歌ったものが採用されたから、コンサートで再現するのが大変。あのときなんであんな風に歌えたのかなって感じです。もしかしたら不思議な瞬間だったのかも。

そんな加藤さんは今年4月、『トコちゃん物語 いつも空があった 加藤登紀子自伝【誕生・青春編】』を出版。執筆活動を振り返り、「歴史を語ること」に対し心境の変化があったといいます。