何を言われたって書くわよ
専業主婦が作家になったわけですから、デビューしたばかりの頃は周りからもいろいろと言われます。親戚やご近所の方からは「あなたは奥さんなんだから、旦那さんを大事にしないとダメよ」と言われ、父にも「君の旦那が気の毒だな」と。
そんな忠告をされても、私の気持ちは変わりません。「何を言われたって書くわよ」とムンとしていました。そして、主婦業をおざなりにして、だんだん執筆に専念するようになっていったのです。
そもそも私の夫は、お酒が好きで毎晩午前さま。娘も大きくなっていましたから、私には自由な時間がありました。そこで、40代の頃はなにがなんだかわからないまま、無我夢中で原稿用紙に向かっていたのです。
56歳の時には、『恋紅』で直木賞をいただきました。吉原の遊女屋の娘を主人公にした時代小説でしたから、そこからしばらくは依頼される作品も時代ものばかり。
勉強しながら書くのはつらくもありましたが、室町時代を舞台にした伝奇もの『妖櫻記(ようおうき)』、幕末から明治にかけて活躍した女形の澤村田之助をモデルにした『花闇』は、私が心から好きな題材について楽しんで書くことができました。
依頼された題材ではなく、自分が興味のあることを自由に書けるようになったのは、60代も後半になってから。きっかけは、ナチス支配下のドイツを舞台にしたミステリー『死の泉』を書いたことです。
ドイツまで取材に行き、のびのびと書いて、心まで解放された気分でした。文庫版で600ページを超える大著になったこの作品が私の転機になりましたし、その後、吉川英治文学賞もいただきました。
それからは、書店を回っては珍しいノンフィクションを見つけ、小説の素材にするように。たとえば傭兵の歴史に関する本を見つけると、傭兵のことを書いてみたくなる。映画史をひもとく全集を買い込んだ時には、ハリウッド映画の創成期を書いてみたくなる。
気になる素材が先にあり、それについて小説を書くスタイルになったことで、どんどんジャンルが多彩になっていきました。