再雇用で「働く意味を問い直す」

大きく分けて3つの変化があったように思う。1つ目は、働くことの意義、価値観である。厳密に言うと、定年退職後に再雇用をスタートさせるまでの50歳頃からの10年間について、定年後に働くための助走期間と捉え、労働に対する意味や考え方を変容させていったことだ。

まず、昇進することなく、課長職のまま55歳で役職定年を迎えるまでの間、部下の指導のみならず、上司にも、社員のメンタルヘルス対策はもとより、社員の採用から人材育成・能力開発、人事評価まで人事全般についてアイデアを次々と打ち出していった。そのプロセスで、部員たちからも信頼を集めていったのだ。

(写真提供:Photo AC)

「50歳になってしばらくしてから、課長止まりであることにも吹っ切れ、年下の上司ともうまく人間関係を築くコツをつかめるようになっていったんです。上司も、私が人事部の古巣で、特にメンタルヘルス対策では私よりも熟知している部員がいないことはわかっていますからね。そうこうしているうちに……職場での地位に関係なく、仕事のやりがいを感じることが増えていって、上司や会社上層部への不満も払拭されていったように思います」

役職定年を迎えてから2か月後のインタビューで、そう仕事や職場に対する心持ちの変化を話した。

次に定年退職を迎えるまでの5年間は、さらに幅広い年代層の部員たちに人事のノウハウを伝授していった。特に若手の育成に貢献し、再雇用でも引き続き、同様の任務を担うことになったのだ。

「定年後の再雇用は、価値観の転換点。働く意味を問い直す必要があります。社内の上下関係や役職に囚われず、一人の働き手として、これまで長年、培ってきた経験やスキルを生かし、会社のために働くことに意義がある。そこにはもはや、偉くなって周囲から評価されたい、といった野心はありません。私の場合は、“万年課長”のつらさを経験したからこそ……まあ、『負け組』の底力とでもいうんでしょうか、そうした現役時代とは180度異なる価値観へと、難なく転換することができたのではないかと思っています」