まずは自分というものが確立していなければ

ヴィンセント役を演じたのもグレッグさんなので、役者同士として共演するのも楽しみでした。ヴィンセントによって美久子の心が変容していく過程が丁寧に描かれています。

頑なだった美久子の価値観が、ヴィンセントからのどんな影響でしなやかさを帯びていくのか、美久子がどんな出来事を通して自分に正直でありたいと思い、自分を解放しようと決めるのかなど、見どころはたくさんあります。でもまずは、自分というものが確立していなければ、どんなに素敵な出会いがあっても、結局、誰かに合わせて生きていくことになってしまいがちです。

美久子だって自分のことが大切で、だからこそ問題が生じると鬱々とした状況から抜け出したいと思い悩むのです。でも彼女には、自分を大切して生きるという発想がありませんでした。相手の気持ちを慮ることが習慣化していて、例えば、飲食店で何を頼むのかという時にも「同じものでいいです」と言ってしまいます。それ自体は些細なことかもしれませんが、そうしてすべてを受け入れていたら、自分らしく生きることが出来なくなっていきます。娘を育てる、母親の介護をする、会社で働く…環境ごとに求められる役割を精一杯果たすうちに、自分の意見を見失ってしまう。だから私は「自分を大事にするって悪いことなの?」というテーマを抱いて撮影に臨みました。

自分の人生なのだから自分が主役なのは当たり前で、自分が輝いていなければ周囲の人を照らすこともできないし、自分が追い詰められていたら周囲の人を助ける余力にも欠けてしまう。つまり自分を大切にして生きることは自分本位に生きることとは違うのです。このことに気づいていただけたら嬉しいです。