この苦い経験を味わったせいか、母は父に「慶子が一人残されたら大変だから、この際、自分の荷物はきちんと片づけなさい」と、口を酸っぱくして何度も言った。父は「まだ早い」の一点張りで、その後も転倒や内臓疾患などで入退院を繰り返し、生前整理なんてすっかり忘れたままあの世へと旅立った。

そして母自身も、遺影だけは私の知らない間に写真館で素敵に撮ってもらっていたが、日記帳や衣類などもろもろの荷物は、物忘れを装ってか、すべて残したまま風のごとく去っていった。なんともお気楽な人たちである。

70歳を過ぎた私は体力も気力も衰え、病院にも通い、そして物で溢れた家を見渡すたび頭を痛めている。

足腰を鍛えるために、できるだけスーパーや量販店へ歩いて買い物に出かけているが、必ずと言っていいほど何かしら買うのを忘れ、帰宅してから思い出す始末。家を出るまでは覚えていたのに、とショックを受けることも多くなった。

母が健在の頃は「買い物はメモを持って行きなさい」とよく言われたものだが、面倒臭さが先立ち、いまだ実践せず、このありさま。