(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
これまで150以上の水族館を巡ってきた海洋生物学者・泉貴人先生は、「現代の水族館は、学者の目から見てもものすごい価値が眠っている、まさに“学術施設の極み”である」と語ります。そこで今回は、泉先生の著書『水族館のひみつ-海洋生物学者が教える水族館のきらめき』から一部を抜粋し、水族館業界に通じるプロの目から見た、水族館のウラ話をご紹介します。

デビューさせる――表の水槽に穴をあけないために

予備水槽(※)でコンディションが整い、かつ種も判別した生物。こういう子たちはいよいよ、お披露目の日が近いといっていい。オーディション(=飼育員の独断と偏見)を勝ち抜いた生物は、華々しく展示水槽にデビューする!

とはいっても、いついかなる時、どんな水槽に入れてもいい、というわけではない。なぜかと言えば、水族館の展示水槽は基本的に“埋まっている”状況にあり、予備水槽出身の生物は、通常は先客のいる水槽の“新入り”となるからだ。人間だって、新入りが新たな学校や組織になじむのには時間がかかるだろう? もっとシビアな自然界で生きる生物なら、いわんやである。

例えば、予備水槽と明らかに水温の違う展示水槽に入れれば、当然すぐ死んでしまうだろう。また、新たに入れた生物と水槽の先客の魚との相性が悪かったり(最悪、食う食われるの関係だったり)する。ほかにも、餌を食うのが得意な生き物と一緒にされては餌の取り合いに負けて飢えてしまうだろうし、そうでなくても繁殖期で気の立っている生き物と同居させたら、ストレスで健康を害するかもしれない。

だから、展示水槽に移されるタイミングは、綿密な計算のもと行われるし、その後もスタッフさんたちは観察を続け、仮に先客との相性が悪そうだと判断したら、すぐにどちらかを隔離するのだ。

もう一つ、“先客と交代する”パターンがある。何らかの理由(後述)で、もともと水槽にいた住人がバックヤードに下げられることがある。その水槽がその生物のみの展示だった場合、展示に穴をあけないため、裏にいた生き物は交代で展示水槽にデビューすることになろう。

こちらは、水温や環境を整える手間はあれど、先述のような相性を気にする必要はない。つまり、デビュー直後から一国一城の主というわけだ。仮に筆者が水族館の生き物になるなら、こっちがいいなあ……(笑)。

※客の目に触れないバックヤードにある水槽のこと