七色の虹の足が3本も見えて……

2010年に心臓にペースメーカーを入れているので、定期的に検査を受けているのですが、その際、骨の異常が見つかった。がんの骨転移だというので検査したところ、肺がんだったのです。それを聞いた瞬間、「あぁ、やっと檀さんとつながった」と、身体がほかほか温かくなった。檀さんも肺がんでしたから。幸い唐津日赤病院と縁があり、病室から現場に通えることになりました。

40年前に一緒に映画作りをするはずだったのが、檀一雄さんのご長男の太郎くん。今回のオールスタッフ会議には太郎くんも来るはずなのに、時間になっても現れない。恭子さんが電話をしたら、「実は肺がんになって、数日中に手術をすることになって」と嬉しそうに言う。太郎くんもか! みんな檀一雄さんとつながったと、不思議な感覚でした。

自覚症状がなかったので翌日からスケジュール通りに撮影をしていたところ、2日後に急激に検査の値が悪くなり、余命3ヵ月だと言われました。2日で一気に余命が半分になってしまったのです。唐津の医師からは、すぐに肺がんの治療を始めるべきだと言われ、東京の医師を紹介されて。そこでいったん東京に戻って診察を受け、その後の治療方針を話し合ったのです。

先生は、現場に戻るのはやめて治療に専念してほしいと言いました。すると恭子さんは、「この人とは60年一緒にいますが、現場にいるとすごく元気になります。ですから、すぐにでも現場に帰したほうがいいと思います」と、毅然と言った。先生も、僕らの意思を尊重してくださることになりました。

翌日、現場に戻るためにタクシーで空港に向かっていたら、恭子さんが「わぁ、きれい!」と声をあげた。見たら、七色の虹の足が3本も見えました。生まれて初めての経験です。その時、これはとてつもなくいいことがあるぞ、と思いました。

間もなく病院から電話があり、イレッサという抗がん剤が僕に適合することがわかったとの報告を、娘の千茱萸(ちぐみ)さんから受けました。イレッサはよく効くかわりに副作用も大きく、適合する人がとても少ないのです。錠剤なので点滴のように時間の制約も受けないし、スケジュール通り撮影現場に出ることができます。

イレッサは先生も驚愕するほどの効果を発揮し、しばらくすると肺がんが消えました。なんでもアメリカでの臨床結果で、なにごとも楽観的に物事を捉える患者さんと必要以上に落ち込む患者さん、300名ずつのデータをとったところ、楽観的な人のほうに圧倒的に大きく効果が出たとか。「監督はそのよき例です」と言われました。

がんは脳にも転移していたけれど、これは放射線治療によって事なきをえました。広島の子が被曝によって生かされていることになんとも言えない思いもありますが、おかげで仕事を続けることができた。