棒を振り上げた瞬間に間合いに入られた
人間の心理としては、クマと遭遇したらどうしても逃げ出したくなるだろう。8m先にクマがいるのを見かけて、その場に留まっていられる者などいない。しかし、どんなクマ対策の文献を読んでも、視線の合ったクマに背を向けて逃げるのはまずいと書いてある。
たとえ逃げたとしても、絶対にクマの方が脚が速い。逃げたところですぐに追いつかれ、うしろからガバッとやられてしまう。
「それが分かってるんで、もう逃げても無駄だから『イチかバチかカマそう』と思って叩いた。こういうときはいつも以上の集中力が発揮されるもんで、鼻先に命中したんですよ。
でも、当たったのに向こうは全然ひるまないで何度も襲って来るんです。『しつけぇなあ、長げぇなあ』と思いながら棒を振り上げた瞬間に間合いに入られて、腕にかじりついてきたから『あぁ終わりだ、もうダメだ……』と観念しかけたんだけど、そうしたらパッて離れて逃げていっちゃった」
間一髪のところでの命拾いである。なぜ逃げていったのか、その理由は分からない。子グマが心配だから戻ったのか、棒で叩かれたのが思ったより痛かったのか。クマだって必死なのだろう。
佐藤さんは「子連れのクマに襲われた場合、だいたい2回目がある」と言う。一旦は子グマのところへ戻って、子グマの安全を確認したら、再びダメ押しをしに来るのだとか。過去にも、一人が襲われて、道路に上がって介抱をしていたところにまた戻ってきて、二人ともやられてしまったという例もあったそうだ。とにかく、1回の襲撃だけで去っていってくれたのは、運が良かったと言うしかない。
ネットショップでの取り扱いはないが、「原生林の熊工房」の実店舗では、クマ鈴やクマ除けスプレーなどの対策グッズも販売している。実際にクマと格闘した店主が語る商品の説明には説得力がある。山菜採り用の竿状のポールなど、他の用途の道具でクマ対策にも使えるものも取り扱っている。
※本稿は、『ドキュメント クマから逃げのびた人々』(三才ブックス)の一部を再編集したものです。
『ドキュメント クマから逃げのびた人々』(著:風来堂/三才ブックス)
人間がまともに戦えばほぼ勝ち目のない動物、クマ。
襲われた当事者の生の声を聞く、衝撃のノンフィクション