高加水パン

志賀勝栄シェフはパン業界の常識をさまざまに打ち破って進化の扉を開きました。

高加水もそのひとつ。かつて60%台だったパンの加水率(パンのレシピでは「ベーキングパーセント」といって、粉に対する比率で表します)を100%、120%とどんどん増やしていきました。加水を増やすとパンはしっとりやわらかく、口溶けもよくなり、風味も甘くなります。小麦デンプンがα化するためです。

『パンビジネス』(著:池田浩明、瑞穂日和/クロスメディア・パブリッシング)

これは、ごはんを炊くとおいしくなるのと同じ現象。ごはんの加水量も120%~ですから、高加水パンは似ていると言えます。「ハード系は硬くてちょっと…」というごはんを主食にする日本人に合った製法だったのです。

いま高加水は最先端のパン屋さんで盛んに用いられ、グルメ雑誌で特集されるほどブームを呼んでいます。はじめて食べた人は「いままで食べたことのない食感」と誰もが驚くのです。高加水の生地はすりおろした山芋のようにどろどろ、手にくっついて成形しづらいため、どの職人でも扱えるものではありません。その希少さゆえますます人は食べたくなるといえるでしょう。

こうした生地を一定数の職人が扱えるようになったのは理由があります。志賀さんが高加水パンを確立するのに先立って、製パン会社・ドンクの仁瓶利夫さんが、加水率が約80%にもなるフランスの地方パン「パン・ド・ロデヴ」を持ち込んだのです。この製法が講習会などで紹介されたことが、高加水パンが日本に広まる礎になったのではないでしょうか。