「フィガロの結婚」の物語
なかでも、すべてを変えたのは、1786年にウィーンで初演された「フィガロの結婚」であろう。「フィガロの結婚」は、これまでにない革命的なオペラである。近代オペラは、ここにはじまるといっていい。
「フィガロの結婚」は、アルマヴィーヴァ伯爵家で働いている使用人フィガロが、婚約者のスザンナと組んで、スザンナをものにしようとする伯爵のよこしまな悪巧みを阻止、伯爵をやり込める物語だ。ついでに倦怠期にあった伯爵夫妻を仲直りさせるという大団円で終わる。
「フィガロの結婚」は、その序曲を聴くだけでも、何か新しい時代がはじまりそうな予感が高まる。小川のせせらぎがやがて氾濫するような音楽そのものが、伝統から逸脱し、新たな地平を拓こうとしていた。
「フィガロの結婚」がいかに革命的で、近代オペラのはじまりを告げようとしているかというと、音楽の中で人間の生の感情が抑制を解き放たれ、勢いをもって表現されているからだろう。音楽の中に、人間感情の熱っぽさが感じられるのだ。「フィガロの結婚」は喜劇だから、人間の生の感情はドタバタ劇の中でぶつかりあう。その声と声とのぶつかりあい、それを加速化するようなオーケストラの音により、これまでにない高揚があった。
とくに第二幕の終わりでは、二重唱あり、三重唱あり、さらには四重唱と、声が多層に積み上がっていく。音楽は一つの抑制を軽々と打ち破り、カタルシスを伴うクライマックスへの白熱を帯びる。
