ナポレオンの暴風の時代に、難産の末に生まれた「フィデリオ」

「フィデリオ」は、モーツァルトの「フィガロの結婚」「魔笛」と同じく、革命思想を内包したオペラである。それも、「フィガロの結婚」「魔笛」よりもずっと革命を大胆に容認している。

「フィデリオ」で打ち倒されるのは監獄の悪代官であり、救われるのは監獄に閉じ込められていたフロレスタンら囚人たちである。それはフランス革命のはじまりであるバスチーユ監獄の襲撃をイメージさせるものであり、囚人の解放=民衆の解放という図式になる。もっとも、オペラでは囚人を実際に解放したのは大臣ドン・フェルナンドだから、権力による解放であるが、そのあたりは深くは問わないようだ。

(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)

「フィデリオ」が「フィガロの結婚」より大胆な革命讃歌風になっているのは、ナポレオン時代の作品だからだろう。フランス革命はやがてフランス国内にカオスと分裂を呼び、このカオスを収束してみせたのが、将軍ナポレオンである。ナポレオンは1799年のブリュメール(霜月)のクーデタを成功させ、新たな執政政府の第一統領となったばかりか、1804年には皇帝に上りつめている。

その後、皇帝ナポレオンはヨーロッパの征服に乗り出す。1805年、「三帝会戦」といわれたアウステルリッツの戦いでは、皇帝ナポレオンは、ハプスブルク帝国、ロシア帝国の連合を破っている。ナポレオンは占領領域を拡大し、ナポレオンの行くところ、フランス革命の精神が喧伝された。

ナポレオンの栄光は1812年のロシア遠征失敗によって急速に瓦解していくが、ベートーヴェンが「フィデリオ」を手掛けはじめたのは、ナポレオンの全盛期である。つまり、フランス革命の精神が知識人に歓迎されていた時代であった。この時代、ベートーヴェンはナポレオンに対抗するかのように創作意欲旺盛であり、交響曲第5番、第6番、ヴァイオリン協奏曲などの超傑作も生み出している。