女性同士を描くのは自然なこと
この小説は、女性同士の関係性を描いているという、クィア(性的マイノリティ)の文脈でも注目を集めたようです。男女の組み合わせなら疑問も抱かず、当たり前のように受け入れられますが、同性同士だと物珍しく映るのでしょう。
異性愛者の作家ならば男女のペアが真っ先に思い浮かぶのかもしれませんが、同性愛者である私にとっては、女性同士の組み合わせが一番自然で、最初に頭に浮かびます。
とはいえ、依子と尚子の結びつきは、読者によって捉え方が異なるようです。作者としては、シスターフッド、恋愛、友情、名づけようのない関係など、どう読んでいただいてもかまいません。
そもそも人と人の関係は、その時々で変わっていくものですよね。この2人も、最初はボディガードと護衛対象として出会いましたが、もしかしたら恋人同士のような瞬間があったかもしれないし、時には親子のようだったかもしれない。
フィクションを書く際には、登場人物の性格や関係性を単純化したほうが物語は面白くなり、読者にも伝わりやすくなりますが、あえてわかりやすいほうを選ばず、より生々しい人間関係を描きたいと思ったのです。
一方で裏社会を描く際は、女性を取り巻く現代社会の縮図として、女性蔑視をより極端に表現しました。暴力団員たちは、口にするのも憚られるようなどぎつい言葉で依子たちを貶める。別世界の出来事のようですが、それらの言葉を水で薄めたら、「あれ、私も同じようなことを言われたことがある」と思う人は多いのではないでしょうか。