日本を代表する映画監督の一人である篠田正浩さんが亡くなって半年が経つ。妻であり、篠田作品に欠かせない主演女優でもあった岩下志麻さんが夫との日々を振り返る。(聞き手:関容子 撮影:岡本隆史)
二人で大笑いした思い出
――監督は、志麻さんとの結婚を全うさせるために、一般的な主婦の務めは求めない、と決心なさったとか。
ええ、「君には結婚によって女優として大きくなってほしいから、家事は人に任せればいい」と言ってくれて。本当に良い人に出会えたなと思います。私という素材を活かした企画をずっと篠田が考えて、撮ってくれました。
67年に結婚して二人で「表現社」を設立し、最初に撮ったのが『心中天網島』(69年)。これは富岡多恵子さんとか武満徹さんとか、本当に芸術家の集いでしたね。相手役が若い中村吉右衛門さんだったし、とっても素晴らしい作品になったと思う。
それをヴェネチア映画祭に出品することになって、一緒に行くことになったけど、私、飛行機が大嫌いなの。閉所恐怖症で高所恐怖症ですからね。それで行きたくないって篠田に土下座して頼んだんですよ(笑)。だけどもう決まったことだからダメと言われて、一睡もしないで飛行機に乗りました。
それでまず、パリに着いたらもう有頂天。お上りさんですよね。嬉しくて嬉しくて、シャンゼリゼ通りを歩き過ぎるくらい歩きました。それからヴェネチアに行ったら大島渚監督が『少年』を持っていらしてて、ご一緒にゴンドラに乗ったりお食事したり、本当に楽しかった。これが新婚旅行ですね。