「やり残したことはありません」
――篠田監督との結婚生活は半世紀以上、お互いを高め合っていましたね。
58年間、私とね、よく一緒にいてくれたと思って感謝しています。8年前に金婚式をしたんですけど、結婚式をした京都の高桐院へ娘一家と行ったりして――高桐院はその時改築中で入れなかったんですが――楽しい思い出です。
考えてみるとすごく潔い人でしたよね。43歳の時、「煙草やめる」と言って翌日からスパッとやめたし、80歳で運転やめる、と言ってピタッと免許証を返してしまう。『鑓(やり)の権三(ごんざ)』(86年)の時も、「これで僕の岩下志麻主演映画は撮り終えた」と言って、その後、私は脇役でしたから。でもその脇役も、どれもみんな面白い役でしたね。
篠田自身も『スパイ・ゾルゲ』(2003年)を最後の監督作品にする、と宣言。『わが心の「スパイ・ゾルゲ」』という篠田のメイキングを、私がキャメラ回して1時間ものに作ったんですよ。その時は「今日は何を撮るの?」なんて、篠田の顔が柔らかでしたね。
篠田は映画を撮り終えてからは、母校である早稲田大学と城西国際大学の客員教授を務めながら、本を3冊書いて。『河原者ノススメ』では泉鏡花賞もいただきました。すごく充実した人生だったと思います。亡くなってから訪問診療の先生にお聞きしたんですけど、「僕はやり残したことはありません」って、ニコッと笑って言ったそうなんです。
そんなふうに言い切れる人が世の中にどれだけいるだろうか。また、この人と結婚してよかった、と言い切れる女性も稀だと思う。
ご冥福をお祈りいたします。

