昭和39年、蓼科にて中井さんと両親(写真提供:中井さん)

小学校3年の時、友達の家に遊びに行ったんです。夕方になり、夕飯の支度ができているようなのに、なぜだか食べ始める雰囲気じゃない。それで友達に、「食べないの?」と訊いたら、「お父さんが帰って来てから」って。

僕には家に父親がいる感覚がまったくわからなかったので、へえ、そういうものなのか、と思いました。やがて友達のお父さんが帰って来て、給料袋らしきものをお母さんに手渡すと、「ありがとうございます、ご苦労さまでした」と言ってる。

友達は、「今日は給料日だから、ご飯がちょっと豪華なんだよ」って。その時、うちはどうやって食べているんだろうとふと思うわけですよ。小3の僕が。

それで帰って母に「うちはあの封筒がないのに、どうやって食べてるの?」って訊いたら、母が「貯めた池の中から水を汲み出して、みんなで飲んでるの」と言う。「その水は増えないの?」「一切増えない。だから大事に飲まなきゃね」。その夜のことは強烈に印象に残りました。じゃあ我慢しなくちゃ、って。

我が家では、姉は女の子だから我慢しなくていいけど、男のお前は我慢しろ、と家長教育を受けてきたんです。今の時代からしたら、意味がわからないでしょうけどね。とにかく、父が亡くなったことが、僕の人格形成期に大きく影響しているので、これが第1の転機です。