(写真提供:『九十一歳、銀座きもの語り』/KADOKAWA)
創業200年、数々の文士に愛されてきた、銀座の小さな老舗呉服店『むら田』。60歳でその店を継ぎ、91歳まで店に立った店主・村田あき子さん。独特の美意識で、きものを愛し続けた女店主が、きものとともに生きた日々とは。あきこさんがその人生を語った『九十一歳、銀座きもの語り』より、一部を抜粋して紹介します。

カシミヤの香典返し

まだまだお若いご主人を亡くされて、どんなにおつらかったでしょう――そんな言葉をかけて頂くことがあります。もちろん夫の64歳での死はたとえようもない痛手となりましたが、当時の私は悲しみにひたることはかなわない状況に置かれていました。

何しろ夫が亡くなったのは「かねまつ」での新作展まで間もない時期でした。取りやめることは出来ず、まだ暑い盛りだったこともあって、名残惜しいまま間を置かず荼毘(だび)に付しました。

そして遺骨を家で一人ぼっちにさせることもまた出来ないということで、控室に置いて展示会を続けたのです。最終日まで毎日遺骨を持ち歩き、お蕎麦屋さんで夕飯を頂きながら「お父さんを忘れないようにしなきゃ」と冗談を言い合って、無我夢中で会期を乗り切りました。

葬儀は、家族で話し合った結果、斎場ではなく渋谷の家の一階、夫の想いのこもった染織ギャラリーで執り行うことにしました。

奥の一段高くなった四畳半の和室に祭壇を設けてお経を上げて頂き、ちょうど我が家は通りを曲がって30メートルほど続く小道の奥にあるのですが、その道に途切れることなく弔問の列が延びてご住職が驚かれるほどでした。