(写真はイメージ。写真提供:Photo AC)
鍵や錠前にまつわるトラブルを解決する“鍵のスペシャリスト”鍵師。怪談師・正木信太郎さんによると、鍵師はその仕事の性質上、他の職業では決して経験することのない「何か」に遭遇することがあるそうで――。今回は、正木さんが鍵師たちから聞いた不思議な体験をまとめた怪事記『錠前怪談』から、一部を抜粋してお届けします。

引渡帳

佐藤さんは30代前半の男性で、田舎で小さな鍵店を営んでいる。その佐藤さんから、とある体験について取材させてもらった。

彼が店を開業したのは3年ほど前のこと。

自分の店を持つため、様々な候補地を訪れていた。

あるとき、地方の無人駅前にあったテナントの家賃が信じられないほど安かったため、即決で契約した。

ただ、そのテナントは住居として使えるような間取りではなかったので、車で30分ほど離れた一軒家も借りることにした。この家もまた、相場よりはるかに安く、当時はついに運が向いて来たのだと感じていた。

実は、これらの物件を紹介してくれたのは、父親の友人を名乗る不動産業の男性だった。

「お父様から貴方のことをよろしく、と。で、物件のご紹介でご連絡しました」

連絡を寄越し、物件選びにも親身になってもらい、内見でも様々なアドバイスを貰った。

結果として行き着いたのは、周辺は閑散としているが理想的な物件。日当たりも良く、店への距離もちょうど良い。部屋も必要最小限で掃除に時間が掛からない。何より、これだけの条件でこの家賃は破格だった。

問題が起きたのは引っ越し初日のことだった。