自分自身の記録
帳面の金額部分は最初滲んで読めなかったが、目を凝らすと次第にはっきりと見えてきた。
兄を売って借金を完済した父親が、今度は自分をも売っていたのだ。取引は既に成立しているということだ。彼は売り渡されてしまっていたことになる。
錠前の技を生業とする者にとって、両手は何よりも大切な道具である。それを失えば仕事はおろか、まともな生活すら送れなくなる。
頭が真っ白になり、自分の人生が終わったと感じたという。
それに、どのようにして回収されるのか? いつとも分からないことに怯えて過ごさなければならない。
父親に直接問い詰めることも考えたが、電話をしようと受話器を握ると手が震えてしまったそうだ。もし本当だったら、父親は兄を殺して、自分も売ったということになる。そんなことを直接聞くことはできなかった。
無人駅の向かい、閑散とした広場に面した店で、彼は一冊の帳簿を開いた。
――佐藤三郎 百万円 息子の両手。
「なぜかは分かりませんが、最近になって金額が読めるようになったんです」
江戸時代は1000万円以上、明治は数百万円。それが現代では、たった100万円。
「自分の身体の一部、それも仕事で使う部分がたった100万円って……なんかショックですよね。でも、それよりも気になっているのは、今後、自分がどうなるか、なんです」
佐藤さんは震える手を見つめた。
「いつ、どうやって奪われるのか。朝起きたら両手がなくなってるのか、それとも誰かが突然現れるのか……夜は眠れません」
※本稿は、『錠前怪談』(竹書房)の一部を再編集したものです。
『錠前怪談』(著:正木信太郎/竹書房)
開けられなくなった場所や物をひらく職人、鍵師。
業界で「鍵の者」とも呼ばれる彼らが体験した不可思議で恐ろしい事件の数々を取材した怪事記。




