きよしもKIINA.も自然な私
18歳のとき、親孝行したい一心で福岡から単身上京し、この世界に入りました。当時は、早く歌手としての土台を固めなくてはいけない、と必死で。
歌はもちろん、着るものや身だしなみ、立ち居振る舞い、人前でしゃべる内容など、すべてにわたって、求められることには100%こたえるつもりで、努力は惜しまなかった。
その結果、だんだん本当に好きなものを選べなくなっていく感じはしていたけれど、みんなが喜ぶことが私の喜びでもあったんです。たくさんの人が私のために動いてくれていて、うまくいかなければ大変な損失が出る。おこがましいようだけど、自分がちゃんとしなくてはと、責任を感じていました。
すごくつらかったわけではないんです。氷川きよしとして歌えることは、とても幸せだったから。
ただ、もう少ししたら――具体的には40歳をすぎたら――やりたいと思うことをもっと自由に、もっと楽しくやれたらいいな、と。自分には、変化が必要だと感じていました。