そんなことを考え始めた頃に出合った作品が「限界突破×サバイバー」です。リリース2年後にド派手な衣装と妖艶なメイクでシャウトして歌う動画を公開したら、大きな話題になりました。

反対の声はもちろんあったけれど、自分のやりたい表現方法で歌いたくて、あのときは思いを貫かせてもらいました。

当時私は40代に入ったばかり。そこからさらに何年もかけて、一歩ずつ、理想のありかたを目指して進んできました。

「KIINA.」という名前を使い始めたのは、その少し後です。氷川きよしとして大切に歌いたい作品はたくさんあったけれど、そうじゃない自分、KIINA.として歌いたい歌もあったので、私のなかでは自然な形でした。

後編につづく

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