写真を拡大 末尾に「私の最も慕ふる内山金子様」という文字が見える、古関裕而の手紙。昭和5年4月4日付(11枚目)。(写真提供:古関正裕さん)
古関夫妻の長男・古関正裕さんの著書『君はるか 古関裕而と金子の恋』集英社インターナショナル

古関が「現在、貴女を友以上の人と考へる様になりました」と伝え、文末には「私の最も慕ふる内山金子様」と記している。

そうした古関からの告白を受け、金子も心を打たれたようだ。古関は3月19日付の手紙で自分の洋服姿と和服姿の写真2枚を送ると、金子も写真を送り返した。

4月25日に手紙とともに写真を受け取った古関は、「長い間、今日は来るか、今日は来るかと待つてた貴女の御写真、今朝正に戴(いただき)ました」、「私の考へてた以上、貴女の御顔の美しさ」と書いている。

古関は金子の写真を肌身離さず持ち歩いた。金子に

「昼、シヤツの中に貴女の御写真を入れて、あせでよごれたのではないかと心配しつつそつと出して見ました。やさしい貴女のお姿、すこしもよごれては居ません。貴女は、いつまでもいつまでも美しいですね。御心迄(みこころまで)美しい。そつと接吻しました。(お許し下さい。)」

と伝えている。

古関の写真を先に見ていた金子も

「お写真、私ほんとうに気に入りましたの、離すのは湯に入る時きりです。何時(いつ)も眺めてます。夜の勉強にも眠くなると貴方のお写真を見なほしては亦(また)やります」

と書き送っている。