両親の死を通して生き切る大切さを実感
両親の生き方や亡くなり方も、私の死生観に大きな影響を与えていると思います。父は今から30年ほど前、78歳の時、胃がんで亡くなりました。
当時は本人にがんの告知をしないケースが多かった時代。家族である私にもはっきりとした余命は宣告されず、「もう治りません」というような言い方をされたと記憶しています。結局、入院して1ヵ月ほどで亡くなりました。
父が亡くなる直前、6歳だった息子と3歳の娘を連れて病院を訪れた時のこと。父が「水が飲みたい」と言うので私があげようとしたら、「孫からもらいたい」。
父は孫が生まれた時、すごく喜んでくれ、「これは夢じゃないんだ」と頬っぺたをつねったと言っていました。どうやら私が結婚して子どもを産むとは思っていなかったようです。
目の黒いうちに孫たちの姿を見ることができ、しかも孫に水を飲ませてもらいながら苦しまずに亡くなったのですから、幸せだったと思います。
生を終えた父の姿を見て、私は何か荘厳なものを感じました。父は北海道の開拓民として酪農に携わり、祖父とともに大変な苦労をしてきた。その父が死んで、もちろん悲しくて涙も出ましたが、同時に「おつかれさまでした」「生き切りましたね」と頭を垂れるような気持ちになったのです。そんなふうに見送ることができたら、見送るほうも幸せだと思います。