人間関係の磨耗
介護現場では「人間関係の摩耗」が離職理由の上位に挙がります。
配置基準ぎりぎりで回す組織では、欠員が出るたびに誰かが休日や休憩を削って穴を埋めます。同じ顔ぶれで長時間働き続けると、疲労が言葉づかいににじみ、些細な指摘が批判として受け取られやすくなります。
夜勤明けで集中力が切れている先輩に新人が質問すると、そっけない返答を返され、新人は「自分は歓迎されていない」と感じてしまいます。こうした誤解の連鎖が、職員同士の心理的距離を静かに広げます。
感情労働である介護では、利用者や家族への気配りにエネルギーを割くぶん、同僚とのコミュニケーションが後回しになりがちです。
利用者対応で頭がいっぱいのまま引き継ぎの時間を迎えると、言葉が不足し「結局やっておいてください」と押しつけに聞こえてしまいます。相手は「自分が雑用係に回された」と受け取り、蓄積した不満は休憩室の陰口やSNS上の愚痴として噴出します。表面的には笑顔でも、互いに本音を隠し合う空気が職場を重くします。
世代間ギャップも摩耗を助長します。
20代の職員はタブレット入力に慣れ、作業を素早く終わらせますが、50代のベテランは対面ケアを重視し「画面ばかり見ている」と感じます。逆に若手はベテランのアナログ手順を「非効率」と見なし、教えを吸収する前に壁を感じます。価値観の食い違いを対話で埋める時間がないため、世代ごとのクラスターが形成されやすく、チーム全体で協働する機会が減っていきます。
さらに、感情を溜め込みやすい職業特性も影響します。
利用者の死や家族のクレームに直面しても「専門職だから平気でいなければ」と自分の感情を封じ込める傾向が強く、限界を超えたときに突然の退職や長期休職という形で現れます。残ったメンバーは「いつ辞めてもおかしくない」という不安を抱え、更なる緊張状態に陥ります。こうした悪循環は、誰か一人の努力では断ち切れません。
摩耗が続くと、肯定的なフィードバックが職場から消えます。
「ありがとう」のひと言が省かれ、「なぜできないの」と問題指摘だけが強調されるようになります。業務は回っていても、承認される機会を失った職員は自己肯定感を下げ、「ここにいても成長できない」という思いを強めます。
結果として、年度末や賞与支給後に複数名が一気に辞める“退職ラッシュ”が起こり、残ったメンバーに負荷が跳ね返ります。