和田さんのおかげ

料理番組の出演や雑誌の取材、そして子育てに、時々はシャンソン歌手。忙しすぎて私が疲れてくると、和田さんにはわかるみたいでした。

仕事場から歩いて帰ってきた和田さんに「おかえりなさーい」って言うでしょ。

その私の声に元気がないと、和田さんは玄関でスニーカーを履いたまま「外に食べに行く?」と聞くのです。その日は外でおいしいものを食べて。そして帰り道では、やっぱり「レミのご飯の方がおいしい」って言われちゃうの。

自分の仕事のことは何一つ家では言わなかったので、私は和田さんが何をしているかわかっていませんでした。たばこの「ハイライト」の青いパッケージをデザインしたり、映画を撮ったりしたことも、人に言われて知りました。

ただ、いつも私に「何か手伝うことある?」って聞いてくれていました。庭掃除やゴミ出しも和田さんの係。だから、私が今日まで、好きな料理の仕事を続けられているのは、和田さんのおかげなのです。

※本稿は、『平野レミ大百花』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

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平野レミ大百花』(著:平野レミ 聞き手:大森亜紀/中央公論新社)

好きなようにやって、ダメだったらやめればいいや。そんなふうに生きてきました。ま、ケセラセラ、ね!
おてんばな少女時代から、歌手デビュー、夫・和田誠さんとの出会い、「シュフ料理」誕生……波瀾万丈な人生をユーモアたっぷりに語り尽くす。

読売新聞の好評連載「時代の証言者」を大幅加筆、「55の質問」を増補。レミさんはじめての自伝。