(写真提供:Photo AC)
飴細工師・銭湯絵師・見世物師・チンドン屋・流し…。時代の流れとともに変化を遂げてきた「職業」。昭和から平成、そして令和へと移ろうなかで、今や風前の灯となった職業もあります。そんな消えつつある職業とそれに従事する人々(職人たち)をノンフィクションライター・秋山真志さんが取材。生きることや働くこと、職業観を問うたルポルタージュ『昭和 絶滅危惧職業の人々』がこのたび刊行されました。そこで同書から「チンドン月島宣伝社」の堀田祐子さんのお話を紹介いたします。*本文中の年齢、肩書等は、取材・執筆時のものです。

「チンドン月島宣伝社」ができるまで

堀田さんは独立して間もなく、いまのご主人の堀田博喜さん(三十二歳)と現場で知り合った。博喜さんは白塗りのピエロでサックスを吹いていた。菊乃家〆丸親方の一座の若手だった。

「変わった若い子が入ってきたんだなというのが第一印象。でも、話してみると、この半年ぐらいの間でしゃべった人のなかで一番話がおもしろかった。すごくチンドンが好きというのもよかったですね」

二人は互いに惹かれ合い、やがて一緒に暮らしはじめ、結婚した。博喜さんの親戚から月島の長屋を安く貸してもらい、「チンドン月島宣伝社(https://www.chindonya-tsukishima.com/)」を立ち上げた。

といってもほかに座員がいるわけではない。いわばフリーランスのチンドン屋の親方。〆丸親方は博喜さんを「両方に所属していいよ」といってくれたので、夫婦で仕事をすることもたびたびだった。

チンドン屋のオーソドックスな編成は、チンドン太鼓(親方が受け持つことが多い)、ゴロス、楽器。予算の関係で昔のような大人数ではなく、旗持ちがいることは稀だ。

楽器はクラリネット、サックス、ラッパ、三味線(雨天だと弾けないので三味線の出番は極めて少ない)といったところ。編成を決めるのは堀田さんである。