富士丸が急死して……
2009年10月1日に富士丸が急死して、私は奈落の底に急降下し、見事に壊れてしまった。
机の下に横たわる富士丸を発見したのは土地の契約前夜だった。何が起きたのか混乱する中で、私はハウスメーカーの担当者へ電話して、富士丸の死を告げ、契約を白紙にしてもらうことを頼み、それからの記憶はあまりない。
なぜなら1週間浴びるように酒を飲んで倒れ、また飲んで倒れるのを繰り返していたからだ。富士丸の死が受け入れられず、これは夢に違いないと酒を飲んでは眠り、次に目が覚めると元の世界に戻っていることをひたすら願っていた。
そのあたりの話は本筋からずれるので割愛するが(詳しくは『またね、富士丸。』(集英社文庫)参照)、ほぼすべての連載が打ち切りになり(※)、仕事はなくなり、食欲も味覚もなくなり、熟睡できなくなり、手付金を放棄したのに民事で訴えられるという、出口の見えない深い暗黒の中にいた。
その頃に『またね、富士丸。』を執筆していたが、書きたくて書いたわけではなく、師と仰いでいた先輩ライターの野々山義高さんが勝手に出版社と話を決めてきて「お前も物書きなら自分に起きたことを書け」と命じられたから仕方なく書いただけだ。恐らくそうすることで自分を冷静に見つめさせようと思ってくれたのだろう。それには感謝はするが、とにかく辛く、毎日涙をぼろぼろこぼしながら書いていた記憶しかない。
その前後で、引っ越している。富士丸がいなくなったことで、あれだけ毎日掃除機をかけても翌日には抜け毛だらけだったのが、掃除しなくてもよくなった。それが淋しく、たまに家具の後ろから出てくる抜け毛を見つけては涙をこぼし、あいつがいつもいた場所に無意識に首が向いてしまうのが耐えられず、もうここでは暮らせないと思ったからだ。
思い立つと、すぐ駅前の不動産屋に行き、近所で手頃な物件はないか聞いてみた。すると、同じマンションの1階上の南向きの部屋が空いているという。それまで暮らしていた部屋が北向きだったし、大掛かりな引っ越しをする気力も体力もなかったからそこでいいですとすぐに決めた。
※穴澤さんは、2005年に始めたブログ「富士丸な日々」をきっかけに、犬の悩み相談や犬とのお出かけスポットを紹介する連載などを担当していた。