ただ依頼されたテーマの原稿を淡々とこなす毎日

富士丸がいなくなって半年くらい経った頃、普通に笑えるし食べられるようになっていたから、きっと周囲の人たちはちょっとは復活したと思っていたかもしれないが、実際は生きる意欲も喜びもなく、死ぬのは周りに悪いからただ生きているような状態だった。

仕事のやる気も一切なかったが、なぜか知人の紹介で健康雑誌のライターをやることになったりして、細々と暮らしていた。ライターの仕事だけでは食べていけないから山移住のために貯めていた貯金を切り崩しながら。やりたいことなど何もない、欲なんて何ひとつない日々だった。この頃の記憶が驚くほど曖昧だ。

『犬のために山へ移住する: 200万円の小屋からはじまる、不便でも幸せな暮らし』(著:穴澤賢/草思社)

こうして2年半が経った頃、私はまた別のマンションに引っ越した。そこで今の妻になる女性と一緒に暮らすことになったのだが、経緯をいまいち覚えていない。南向きの部屋の家賃が12万ほどで、貯金が底を突く前に一緒に暮らせば負担が少しは楽になるのではないかと提案されたような記憶がある。少なくとも結婚しようと思っていたわけではないのは確かだ。そんな気力はなかったからだ。

そのマンションの一室で、ただ依頼されたテーマの原稿を淡々とこなす毎日だった。そして仕事の合間に「いつでも里親募集中」というサイトをぼんやり見たりしていた。また犬と暮らしたいと思っていたわけではなく、犬が好きだからただなんとなく眺めていただけだった。