姑の知的好奇心は、英語だけにはとどまりませんでした。
主人と私が古代史に興味を持ち、『古事記』や『日本書紀』の研究を始めたときには、「おもしろそうね。『古事記』を英訳してみようかしら」と言って、『古事記』を学び始めたのです。それからしばらくというもの、私たち家族の話題の中心は、『古事記』となりました。
「ミコトという漢字は、命と尊の2種類が出てくるけれど、違いは何かしら?意味を理解しないと英訳はできないわ」
などといった難しい質問をされることも多くなり、食卓での会話も一段とハイレベルなものになっていきました。私たち夫婦が姑から刺激を受けるということは、我が家では珍しいことではなかったのです。
姑と同居することになったのは、姑が連れ合いに先立たれた76歳、私が43歳のとき。同居を持ちかけたとき姑の反応は「気持ちはうれしいけど、私はひとりになったら老人ホームに入るつもりでそれだけは貯金してきた」というものでした。
誰にも寄りかからずに老後の暮らしを自分なりにやっていこうとした姿は凛としていて、心から立派だと思いました。私自身の母は私の物心がつくころから絶えず私に寄りかかろうとして、それを疎ましく思ったことがあったからです。
女性の先輩として、老いへの道を歩いている姑の存在は、私にとってのよき道しるべとなりました。毎日をひとり気ままに自分らしく、前向きに生きていけるのも、姑と夫と共に過ごした年月があったからだと思います。ふたりから学んだことは私の生活に息づき、支えとなっています。







