だからこそ、本人が元気なうちに、どのような状態になったら延命治療をとりやめたいかを家族に伝え、話し合っておくことが大切なのです。それも1回だけでなく、盆暮れなど家族が集まるたびに話題にしておいてほしい。

次に、治療や介護生活が始まったら、医師、ケアマネさんやヘルパーさんなど、できるだけ多くの人を巻き込んで思いを共有し、話し合いを繰り返しておきましょう。

その際、すぐに結論を出そうとしなくて構いません。本人が望む形に近づけようと、ああでもないこうでもないと話し合うことで、おのずと道が見えてきます。

そのとき重要なのは、話し合いの真ん中に本人がいること。そして「ここからが終末期だ」という決定は、本人が“言い出しっぺ”となって、人生会議の中で決めるのが理想です。

認知症だから理解できないとか、耳が遠いとかの理由で、本人を外して家族と周囲だけで話し合う場面が見られますが、それはやめてください。終末期は本人のもの。どんな状態であっても「人生会議」の主役は本人であるべきです。

たとえ話せなくても、自分のことをみんなが一生懸命考えて話し合っていることは必ず伝わりますし、すでに言葉を発しなくなっていた人が、「それがいい」とか「やめてくれ」と言い出すケースもあるのです。

「人生会議」というプロセスがあってこそ、本人だけでなく、家族も医師も納得して尊厳ある選択ができ、本当の意味で、終末期の希望が叶えられます。

後編につづく

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