06年7月、私は結婚することでようやく母のもとを離れることができた。寂しい気持ちはなく、もうこれ以上母の出す食事を食べなくていいという喜びでいっぱいだった。同時に、母と暮らしていた頃の謎の体調不良がひとつひとつ消えていくのを日々感じていた。

その年の暮れ、3月から病を患っていた母が10ヵ月の闘病生活の末、他界した。しんみりとした気持ちもなかったわけではないが、ほっとした気持ちのほうが強かった気がする。こうして、結婚や母の死によって、私は完全に母から自立できたはずだった。しかし、その後数年にわたり、私は別の新たな問題で一人苦しむこととなる。

夫と二人だけで暮らしていた頃は、私も夜まで仕事をしていたため、掃除や洗濯をきちんとこなすことはほとんど不可能だった。ことに、毎晩手作りの夕食を用意するのは困難で、仕事が終わると大急ぎでスーパーに走り、椅子に座る間もなく食事の支度を始める。残業で帰宅が遅くなるときには、やむをえず出来合いの惣菜を皿に並べた。

働く主婦にとっては当たり前のような、この夕食の光景。ところが私は、この“出来合いの惣菜”を夕食に出すことがつらかった。夫は文句など言わないし、誰かに何かを言われたわけでもない。ただ、買ってきた惣菜を出す自分自身が許せなかったのだ。

ものすごい罪を犯しているような、自分が最低のダメ主婦のような、そんな異常な思考に毎日苦しめられていた。掃除、洗濯が中途半端なら、せめて夕食だけはきちんと作らなくては主婦として許されない、と──。

この状況は、3年後に長男を出産してから、さらにエスカレート。仕事を辞めて専業主婦となり、家事と育児に専念しようと決めたことで、罪の意識は大きくなるばかりだった。

今までは「私も働いている」という理由で、手抜き料理を出そうが、出来合いの惣菜を出そうが、大目に見てもらえるだろうと、自分に言い聞かせることができた。しかし専業主婦ともなれば、夫が稼いできたお給料をいただいて、そのお金で生活をさせてもらっている身分なのだ。

家事と育児が私の義務となった今、食事の支度を怠けるのは最大の罪。そんな思いばかりが日々募り、息子を抱えて毎日フラフラになりながらスーパーに向かう。夜泣きで眠れなかった日も、昼寝などせずに夕食の支度に奮闘した。ほんの少しでいいから眠りたい、そう思うたびに、毎日昼寝を楽しんでいた母の姿が目に浮かび、横になることすらできなかったのだ。

料理の途中で息子に泣かれれば、ただひたすらイラついた。きちんとした夕食を出そうとしているのに! さっさと泣きやんでよ! 息子が泣いていることよりも、夕食の支度ができないことが気にかかり、ものすごい顔で息子をあやし続ける。そんな母親に抱かれた赤ん坊が泣きやむはずもなく、料理は中断。家にあるレトルト食品を使うか、仕事帰りの夫に出来合いの惣菜を買ってきてもらうしかない。そんな日は必ず、一晩中罪の意識に苛まれた。