「生」と「死」は永遠のテーマ

近代化が進むなかで、私たちは死んだらそれで終わりだと思いがちでした。でも私は、死んで肉体がなくなっても魂は存在していて、次の世界に行けるかもしれないと考えるようになったんです。

もしそんなふうに魂が永遠だとしたら、死はすごく悲しいこととか、忌み嫌ったりタブー視するようなものではない気がするのです。

昔の人は「そろそろお迎えが来る」とか「ご先祖さんが見ている」「来世でまた……」などと普通に言いましたよね。死後の魂の存在を感じ、死を受容しているから、そういう感覚でいられたのかもしれません。私も、旅行の準備のような感じで普通に死について会話できるといいなと思っています。

生と死という命題は、奥深いものです。人はそれを文学や芸術、哲学、宗教、科学など、さまざまな方向から追究してきました。ちなみに夫は、長尾先生が書かれた『小説「安楽死特区」』を原作に映画を撮り、2026年1月に公開予定です。

尊厳死と安楽死はまったく違うものですが、人にとって死とは何なのか、生きるとはどういうことなのか、映画を通して問いかけたいのではないかと思います。

私は来年71歳になりますが、オファーをいただける限り役者の仕事をまっとうしたいですし、これからは日本の文化をもっと世界に広める活動もしていきたい。

私も母のように、今世でやりたいことはすべてやり切って、すがすがしい気持ちで次の世界へ行きたいと考えています。

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