いろいろな思案、疑念が浮かぶ
「お父さん元気かしら」
自分の父親のことである。三十数年も前に他界しているのだ。
「亡くなったよ」
これは嘘を言えない。
「あら、ずいぶん早いのね」
驚かないことにこっちが驚く。その父は五反田に長く住んでいて妻もそこで育ったのだが、今は跡形もない。なのに、
「困ったら五反田へ帰ればいいんだから」
と呟いたりする。数年前まで家族ともども暮らしていた、今の私の住む家についてはほとんど記憶がないみたい。そう仕向けたところもあるのだが……。
こんな調子である。施設の生活はつつがないし、他の方便があるわけではないが、私には屈託がないとは言えない。なべて複雑だ。「なぜ」「かわいそうに」「治らないんだろうな」「この先どうなるのか」いろいろな思案、疑念が浮かぶ。
『90歳、男のひとり暮らし』にとって、これはけっして看過できないテーマなのだが、それをどう書いたらよいのか。まとまらない、書きにくい。妻の尊厳も(当人はなにも知るまいが)守りたい……むつかしい。書きたくない。
こう訴えて読者諸賢の寛容と、書かないことへのお許しを願う次第です。どうぞお許しください。
