自宅はいまも、3人で暮らしていた当時の状態に。莉子ちゃんの描いた絵やキッチンセット、絵本がそのままになっている(撮影:本社写真部)
2019年4月19日、東京・池袋で高齢ドライバーの運転する車が暴走し、死傷者は12人に及びました。あれから1年。妻の松永真菜さん(享年31)と娘の莉子ちゃん(享年3)の命を奪われた松永拓也さんが、これからは実名で、悲惨な交通事故を減らすための活動を続けていくことを決めました(構成=内山靖子 撮影=本社写真部)

精神を安定させなければ先に進めない

命日の4月19日に、2人が亡くなった「12時23分」を事故現場で迎えました。ずっと精神を強く保とうと心がけて1年を過ごしてきたけれど、やはり悲しみが蘇り、つらくてたまらなかったですね。涙が溢れました。

遺族にとって、一周忌というのは確かにひとつの節目です。でも、これでなにかが終わるわけではありません。少なくとも僕はこの先も2人の死と向き合い、一生悲しみと苦しみを抱えて生きていかなければならない。そういう意味では、なにも変わらないのです。

あの無残な死を無駄にしないために、自分にはなにができるのか。それを考え続けることで、この1年は過ぎていったような気がします。そもそも2人の遺体を見たときは、「なぜこんなことになってしまったんだろう?」という行き場のない悲しみに襲われるばかりで、「自分も死のう」「2人のところへ行こう」としか考えられなかった。それから3日ほどは食事も喉を通らず、ほぼ一睡もできない状態で、2人の遺体のそばにつき添っていました。

こんなことはやっぱり起きちゃいけない、と何度も思いました。あまりにも無残で。交通事故死って、本当に無残なんです。遺体は損傷が激しくて、特に「お嬢さんの顔は見ないほうがいい」と止められていました。だから僕は、亡くなった娘の顔を見ていません。

毎年3000人を超える人が交通事故で亡くなっていることは知っていたものの、これまではテレビの向こう側の話でした。それがこんな身近な出来事になるなんて。3日くらい、死のうか、そうでなければなにを……と考えていたとき、2人の命をただ「交通事故で亡くなった」というだけで終わらせていいのだろうか、という思いがこみ上げてきました。それでようやく告別式のあとに最初の記者会見を開く気持ちになり、事故の悲惨さと再発防止を訴えたんです。

裁判に取り組むための勉強をするにも、事故の再発防止の活動をするにも、自分の心がフラットじゃないと続けられません。怒り、悲しみ、喪失感、自殺願望……、そんなあらゆる感情をきちんと自分でコントロールできるようになりたくて、心理学や脳科学や宗教学のサイトを片っ端から読みあさりました。とにかく自分の精神状態を安定させることを最優先にしたんです。

苦しみながらも、そのような思考法が自然とできるようになってきたのは、今年に入ってからでしょうか。