まちにあふれるメルカート――野菜・畜産・魚介

イタリアの暮らしの楽しみの一つに、露店が街中の広場や道沿いに立ち並ぶメルカート(市場)のそぞろ歩きがある。都会でも田舎町でも、多くは週末に地域の中心となる広場や下町の通りで開催される。

野菜、食肉、魚介類、チーズや生ハム・サラミなどの加工品、オリーブの実などを売る専門店が並ぶ。日本のような袋詰め商品はなく、ほぼすべて量り売りである。客の多くは、一週間分の食材を買い込む。葉物野菜でも、キロ単位で購入し、ビニール袋がいっぱいになる。大抵は夫婦で買い物にくる。品定めをする奥さんの後ろを、旦那さんが両手に買い物袋をいくつも抱えてついていく。こうした微笑ましい光景は、土曜日の朝の風物詩である。

筆者がミラノに住んでいた時も、土曜日には上司と近所のメルカートに出掛けた。この上司は、日本で初めてファッション・コンサルタントという職業を創った日本人女性だが、1970年代末に単独でイタリア人社会に飛び込み、海外デザイナーのコレクションをイタリア一流メーカーと創り上げるなど、その地位を築いていった。さまざまな分野・階級の人と交流があり、イタリア人の暮らし方や文化(特に食)に精通していた。鮮魚店や青果店で新鮮な食材を買い求め、上司のお宅でイワシのカルパチョや旬のサラダ、パスタソースなどをつくるのを手伝い、料理法を教わった。このように朝市で旬の新鮮な食材を買って、午前中一杯かけて料理を楽しむ、という週末の習慣がイタリアにはある。

ミラノのような大都市でも、小さな田舎町でも変わらない。メルカートを歩くと、今どの野菜が旬を迎えているのか、一目瞭然である。イタリア料理には欠かせないトマトでも、旬の夏場を過ぎると店頭から姿を消す。こうして季節ごと、地域ごとに違う食材が手に入るからこそ、マンマたちは、その土地に根づいた料理に腕を振るうのである。日本には「身土不二」という言葉がある。人間の身体と土地は切り離せないものであり、その土地で季節に採れたものを食べることが健康な体をつくるという意味だ。イタリアのこうしたメルカートで食材を調達する生活文化はまさに身土不二そのものだ。

日本でも1980年代までは、どの地方都市にも、青果店、精肉店など専門店が軒を連ねる市場や商店街があった。しかし、80年代以降、買い物先の主流は、商店街から何でも揃う食品スーパーマーケットへと移行し、地域性を育む買い物の場は失われてしまった。今では、どの地方都市でもシャッター街化した商店街の再興が課題となっている。

中小企業庁の商店街実態調査によると、商店街空き店舗数の割合の全国平均は、1995年にはすでに6.9%となっており、2009年には10.8%に上る。どこのスーパーに行っても、同じ産地の似た食材が通年並ぶ。便利だが、季節ごとの、あるいはその土地ならではの特性が消える事態につながっている。さらに、日本ではコンビニエンスストアの普及とともにコンビニ食が浸透し、中食による料理の機会の減少も、その要因となっているだろう。