「まってぇ」
背後で響いた小さな声にぴくりと意識が反応した。まだ小さな、子供の声だ。
振り返ると、屋上庭園の入り口に三人の幼児の姿が見えた。その奥には二人の女性。一人は赤ん坊が乗ったベビーカーを押している。きっと友人同士なのだろう。にこやかに会話しながらやってくる。
子供たちは鬼ごっこをしたり、椿の植え込みの裏に隠れたり、ウッドデッキの隙間に細い木の棒を差し込んだりと流動的に遊び始めた。女性二人は入り口近くのベンチに腰かけ、赤ん坊をあやしながら子供たちを見守っている。
平日の昼間に公園で遊ぶ子供たちと、それを見守る母親たち。絵に描いたような美しくのどかな景色だ。少なくとも子供を産む以前の舞子はそう思っていた。いいなあ、楽そうで、と。
ぜんぜん楽じゃなかった、と舞子は櫂人が幼児だった頃を振り返って思う。
小さな子供との公園遊びは常に子供の動きに注意を向け、安全を確保し、挙動や機嫌に合わせて対応し続けなければならず、薄い疲労がふわふわと蓄積する。子供にとっては遊ぶ時間でも、大人にとっては気の抜けない労働時間だ。しかも休憩はなく、交代要員もいない。そして公園で遊ばせたあとは買い出しと夕飯作り、寝かしつけと怒濤のラッシュが待っている。
ベンチに座る二人の女性は、歓談しつつも、目で子供たちの動きを追っている。事故が起こらないよう、喧嘩をしないよう気を配り、雲行きが怪しくなったとみるや素早く駆け寄り、子供たちに声をかける。見て見て、と子供たちが持ってきた枯れ葉や小石や虫に、逐一反応してみせる。子供たちが走り回るのに飽きてきた頃合いを見て、縄跳びやシャボン玉セットを取り出す。彼女たちは子供たちが安全かつ健康に成長できるよう、細やかな仕事をこなし続けている。
