二十七歳で勤めていた不動産会社を辞め、学生時代から株で稼いだ資金を元に不動産投資専門のコンサルティング会社を興した。それから十年。ベンチャーなんて足を止めたときが死ぬときだ、とひたすらに自分を鼓舞し、社員に発破をかけて働き続けてきた。大枚をはたいて優秀な人材を確保し、金払いのいい案件を貪欲に積み上げた。年商二億に届く頃には、気鋭の成長企業として人材派遣会社から取材を受けた。
 やればやるだけ、苦労をすればするだけ、金が入ってきた。入ってきた金で、また次の仕事を得た。休日も、取引先からの誘いがあれば迷わず出かけた。他社を出し抜いて契約を取り、大きく金を稼ぐたび、高揚し、力が湧いて、満たされた。
 リラックスという概念を必要としない生活だった。むしろ闘争心を鈍らせそうなそれを、うっすらと避けてきた気がする。
 傑はゆっくりと首を回した。こきこきと小枝を踏み折るのに似た音が肩まわりで上がる。目の前を歩く人間だけでなく、街のさまざまな箇所に視線を巡らせた。
 建物や看板、道路や歩道橋といった直線的な人工物よりも、植物や雲など曲線が多い自然物の方が連想する情報が少なく、思考に空白が生じる感覚があった。海か山でも訪ねたらいいのかもしれない。
 ただ、明日は朝からゴルフの予定が入っていて、今から遠出をするのは難しい。明日も、明後日も、一ヶ月後も、一年後も。先々まで連なる予定とタスクが鉄道のレールのごとく体を固定し、行き先の誘導と速度の要請を行っている。少しでももたつけば玉突き事故が起こるため、スピードを落とすことはできない。目的地のみを見据えて街を行く人々は、多かれ少なかれ自分と同じような制約を抱えているだろう。
 ふいに視界の端で、ひょん、と奇妙な曲線が生まれた。
 ギリシア文字のΩ、あるいは、アルファベットのLの小文字を筆記体で書いたような、なめらかで躍動的な線だ。
 傑は曲線が生じた方向へ顔を動かした。