下校中だろうか。品のいい紺色の制服を着て、背中に革鞄を背負った三人連れの小学生がいる。真ん中を歩いていた一人が驚いた様子で飛び退き、また元の場所へ戻ってその場にしゃがむ。その一連の動きが視界の端で曲線を描いたのだと、地面を覗き込む子供たちの体勢から推測できた。
「てんとうむし! かわいい!」
「あっ、つかんじゃだめ、つかんじゃだめだよ!」
「ちっちゃーい」
 歩道の真ん中に小指の先ほどのてんとうむしを見つけただけで、三人の子供は足をとめ、うれしそうにそれを覗いている。今朝の新宿駅の構内で、具合が悪そうにうずくまった人の周囲を多くの通勤客が見て見ぬ素振りで通りすぎていたのとは対照的だ。貧乏くじを引いて声をかけている人間がすでに一人いたので、もうそれでいいだろうと傑もすぐにその人から視線を外し、目当てのホームへ急いだ。
 小学生たちが歩き去ったあとも、傑の網膜には先ほどの子供が描いたなめらかな曲線が、淡い光の軌跡となって焼きついた。曲線。生きているものの、弾むような動き。
 曲線で作られた物体を、買った覚えがある。
 出張先で出会い、手に取り、なぜか棚に戻すのが惜しくなって、レジに持っていった。手に入れたものの使いようがなく、扱いに困って寝室の壁に吊るした。
 そうだ、その曲線の集合体を作った人間が、ちょうど近くに来ている。少し前、都内にしばらく逗留すると連絡を受けた。個展に向けた集中制作期間に入るとのことだったので、会社が保有しているレンタルスペースをアトリエとして貸した。傑の会社は社会貢献活動の一環として、エコをテーマにした作品制作を行うアーティストを支援している。
 久しぶりに彼の様子を見に行こう。ついでに、いくつか出来の良い作品を見繕って、アート作品に興味を示していた取引先に紹介できたらいい。
 そうすればこの無意味な午後にも意味が生まれる。
 傑は手にした小型ペットボトルのミルクティを飲み干し、ゴミ箱を探しながらベンチを立った。

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