亀有に改められたワケ

マンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で有名になった亀有の町。ここはぼくが生まれ育った東京の下町ですが、戦国時代には「亀無」とか「亀梨」という名前だった。

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「かめなし」と呼ばれていた土地だった明証は、応永5年(1398年)の『下総国葛西御厨注文』、永禄2年(1559年)の『小田原衆所領役帳』に見ることができます。

ところが江戸時代初期、「なし、は無し、に通じる。縁起が悪い。無いより有る方が良かろう」という恐ろしいほど単純な理由から、現在の名、「亀有=かめあり」に改められたそうです。

『正保国絵図』を作成するための報告書を提出する際(17世紀中ごろ)には、亀有でした。室町時代には亀有という名前はこの世に存在しません。

ですから仮に地元の旧家の蔵の中から、『亀有村なんとか』という資料が発見されて、それが室町時代の作成と記されていれば、誰もが、「その資料は江戸時代以降に書かれたものに違いない。室町時代というのは仮冒だろう。さもなければ、真っ赤なニセモノだ」と考えるでしょう。