浜松という名
慎重に足場を固めるため、もう一つ事例を。
徳川家康は元亀元年(1570年)、本拠地を三河・岡崎から遠江・曳馬に移しました。このとき、曳馬という名称が「馬を引く」、つまり戦場での敗北を連想させて縁起が悪いことから、付近一帯の地名である「曳馬」を「浜松」に改めました。
常緑の松は戦国武将が好んだ植物で、松山、高松、松本など、この時代に造成された城下町にはこの字がしばしば用いられています。
浜松という名は家康が考えついたものではありません。
たとえば鎌倉時代に書かれた紀行文「十六夜日記」には、作者の阿仏尼が「浜松荘の引馬」に泊まったという記述があるのです。
だからこの地域の旧家から「浜松」という地名を書き記す古い文書が出てきても、それが直ちに「ニセモノだ」とはなりません。
