やりたいことはなくてもいい?
「やりたいこと探し」というと、いかにもポジティブで良いことのように感じてしまいがちだが、そんなに大事なことだろうか。
たとえば、やりたいことが5年前や10年前と変わっていないという人は少ないのではないだろうか。そうであれば、今やりたいと思うことがあったとしても、5年後や10年後に、相変わらずそれがやりたいことである保証はない。
それに、やりたいことというのは、必死に頑張って探すようなものではないはずだ。いくら自分の衝動を抑え込もうとしても抑えきれず、そっちに走ってしまう。それがほんとうの「好きなこと」なのであって、まだ見つからないからといって頑張って探すようなものなど、けっして「好きなこと」ではない。
このような視点を交えた、キャリア心理学に関する授業の後で学生たちが書いた10分間レポートをみると、そうした学生の日頃の葛藤と気づきがよくわかる。
「私は、やりたいこともないし、これをしたいという仕事もないし、周りの人たちがこういう仕事がやりたいってはっきり言っているのを見て、やりたいことがない自分はおかしいのかと思い、自信をなくしていました。こんなことでは就職なんてできるわけないと思って、落ち込みがちでした。今日の授業でやりたい仕事がなくてもいいと聞いて、ちょっと安心しました。自信喪失から脱出できそうな気になれました」
「できることや経験が増えるとやりたいことが変わる、やりたいことや好きなことは頑張って探すものではなく頑張った先に出てくるものなのではないか、っていう先生の言葉が心に響いた。これまではやりたいことも好きなことも見つからず進路に悩んでいたが、そんなことにとらわれずに動いてみようと思った」
「やりたいことが見つからないなら、無理に探そうとしなくてもよいのではないか、という先生の言葉には、とても感動しました。今、まさに、自分はやりたいことをいくら探しても見つからない状態で、とても不安でした。でも、先生の言葉を聞いて、無理に探そうとせずに、いろんな経験をしていけばいいんだと思えて、気持ちが楽になりました」
これほどまでに若者たちは「好きなこと探し」の教育に振り回され、苦しめられているのである。
キャリア教育で「好きなこと探し」をしつこいくらいやらされて、それでも「好きなこと」「やりたいこと」が見つからず、焦りが募り、自信をなくし、自己嫌悪に苛まれていたけれども、「好きなことなんてなくてもいい」「やりたいことが見つからなくてもいい」「縁あって、たまたまやることになった仕事に全力を尽くせばいい」「やっているうちに楽しいと思えることもある」と聞いて気が楽になった、救われたという学生があまりに多いのに驚いた。
このような学生たちの声を聞いても、どうも見当違いなキャリア教育が行われているように思えてならない。しかも、「好きなこと探し」を中学生の頃からずっとやらされているという者もいて、これでは就職するのが不安になり、自信をなくしてしまうのも仕方ないだろう。
「好きなこと探し」をしつこいくらいやらせて、「好きなことを仕事にしよう」といったプレッシャーをかけるキャリア教育の弊害は非常に大きいのではないだろうか。
好きなことしかしたくないといった心も、そうした教育のもとで醸成されていると思われる。
※本稿は、『すぐに「できません」と言う人たち』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。
『すぐに「できません」と言う人たち』(著:榎本博明/PHP研究所)
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